ライフ村。人口100人程度の小さくのどかな村。
こじんまりとした木造の家が村の広場の中心に20軒ほどくらい点在している。
東に見える山際から朝日が顔を出し村全体に光が差し込んでいく。
家の煙突からは、朝食を作っているのであろう、ゆったりと煙があがっている。
小鳥のさえずり声。
いつもと同じ朝、いつもと同じ一日のはじまり。

「あーー!間に合わないよーー!」
叫びながら工房の中をどたどたと歩き回るユーディット。
試験管とフラスコと持ちながら頭を抱える。
「騒いでる時間があるならさっさとやったら?」
冷めた突っ込みに、キッと振り返るユーディット。
T字の止まり木に止まったオウムのフィンクが繰り返す。
「騒いでる時間があるならさっさとやったら?」
「うううるさーい!」
怒鳴られて天井の梁に飛んでいくフィンク。
ちょっとばつが悪そうにしながらユーディットは力が抜けたかのように椅子に座り溜息をついた。
「大体、話が急すぎるんだよ。いきなり「時のお守り」がたくさん欲しいなんて・・・」
独り言を言いながら部屋の隅の大釜を見るユーディット。
そこからはもわもわと煙が上がっている。
「あの時間を止める薬作るの時間かかるんだよう!お守り売れるのはいいけど・・・」

その男がユーディットの店に来たのは3日前のことだった。
皮鎧を着た20歳くらいの冒険者風の男。彼は店に入るなり、こう切り出した。
「あんたがユーディットかい?錬金術士の」
「え、ええ。そうだけど・・・」
「そうか!やっぱりあのユーディットかい!あのさ、「時のお守り」作ってるよな?ピンチの時に
強く念じると一瞬だけ時が止まるっていう」
「ええ、うちの看板商品よ」
「そうか!いや、あのお守りすげー助かるって評判でね。
俺たち冒険者にとってはピンチの時に一瞬でもいいから時が止まってくれるとそれだけで
ずいぶん違うんだ。俺、まだ駆け出しだからさ、たくさん欲しいんだ!
金なら出すから作ってくれよ!」

調合を続けるユーディット。
乳鉢で薬草をつぶし、火にかけたフラスコにその液体を入れる。
額の汗を拭きながら、ふう、と息をつく。
「・・・・・・さて、あとはこれを入れるだけ!」
フラスコ内に出来上がった赤い液体を見つめながら、そう呟いたユーディットは、
大釜の側にゆっくり歩いていく。
釜の中では、青い液体がぐつぐつと煮え、うっすらと煙を出し続けている。
「ここからが慎重に・・・分量間違えたら大変なことになっちゃう」
一回深呼吸して髪をかきあげる。
そのとき1本の髪の毛が抜け落ちて、大釜の中にはいったことに彼女は気づかなかった。
そのまま、そーっとフラスコを傾けて1滴赤い液体を大釜の中に落とすユーディット。
大釜の青い液体が、さーっと赤くなっていく。
「さて、どうかな・・・?」
大釜をのぞき込むユーディット。
すると急に煙の量が増えて濃くなりはじめた。
「あ、あれ?!?」
天井の梁でこっくりこっくりしていたフィンクも目を覚まし周囲をきょろきょろする。
煙は工房全体に広まり、まったく視界が利かない。
「な、なんでぇ?」
叫ぶユーディット。
「なんでぇ?」
繰り返すフィンク。そしてついに大釜からドン!と巨大な煙が上がった。
爆発のショックで吹き飛ばされるユーディット。
「また、失敗しちゃったぁ・・・」
そう呟きながら、自分の視界が真っ白になっていくのを感じていた。

そのとおり何が起こったのか、彼女はまだ知らない。
自分が「時のお守り」の成分の暴走で200年後の世界に飛ばされてしまったことを。
親しい友達もいない、自分の知識もろくに通じない世界に来てしまったことを。
彼女にとっては珍しくもないと思っていたこの調合失敗が、彼女の人生を大きく変えて
しまったことを。

いつもと同じ朝、いつもと同じ一日のはじまり。
そう、思っていた・・・。